通算219勝を挙げた左腕、山本昌の基礎知識

⒈偉大なる山本昌投手

山本昌は1965年生まれ神奈川県茅ヶ崎市出身の元プロ野球選手、野球解説者です。
50歳を過ぎるまで現役で活躍し通算219勝を挙げたため、サウスポーの大投手を語れば必ず名前が出る選手です。

生まれたときから大柄であった山本は幼少期から野球をはじめますが、小学生の頃からエースピッチャーであったわけではなく中学生の後半になってようやく頭角を現したそうです。

中学3年の県大会で活躍したことで名門・日大藤沢高校にスポーツ推薦での入学が実現しました。
高校では甲子園への出場はなりませんでしたが、オール神奈川で投げたのをきっかけに中日ドラゴンズから1984年にドラフト5位指名を受けてプロ野球選手になりました。

⒉渡米が転機に

プロ入り数年は目立った活躍がなく、身体が大きいだけで実力が不足していたと本人も述懐しています。
転機となったのは野球交換留学でアメリカに渡ったことです。

事実上は戦力外の立場でしたが、ドジャースのアイク生原から低めのコントロールやスローカーブ、生活習慣を教えられたことで能力と熱意が向上します。
さらにスクリューボールを習得し、1Aでオールスターゲームに呼ばれるほどの活躍をしました。

それを目にした当時中日ドラゴンズ監督の星野仙一が日本に呼び戻して、先発として投げさせるようになります。
投げた試合の結果は5連勝で、チームのリーグ優勝に貢献したうえに日本シリーズでの登板も果たしました。

翌1989年からは看板選手として活躍し、2008年まで10度の二桁勝利をマークします。
この間に最多勝3回、最優秀防御率1回、最多奪三振1回という輝かしい個人タイトルを獲得し、月間MVPや最優秀選手賞、ベストナインで表彰も受けました。

⒊1994年に沢村賞を受賞

そして年によっては該当者なしとなることもある沢村賞を1994年に獲得しました。
2010年代はケガも多くシーズンを通して活躍した年はありませんでしたが、高年齢のアスリートとして注目を集めました。

2014年にはユーキャン新語流行語大賞においてスキージャンプの葛西紀明、ゴルフの青木功と共にレジェンドという語で表彰を受けています。
50歳を超えてからも現役続行に期待の声が集まりましたが、2016年3月にナゴヤドームで引退試合を行って、中日ドラゴンズのユニフォームを脱ぎました。

現役時代から趣味が多いことがファンの間で知られており、中でもラジコンの腕前はハイレベルで有名です。
全日本選手権で4位に2002年に入賞しています。

また車も好きで、ランボルギーニのミウラP400SV、フェラーリのF512Mといった希少な高級スポーツカーの所有歴があります。

 

関連サイト

山本昌オフィシャルウェブサイト【公式ホームページ】

This entry was posted in メディア. Bookmark the permalink.

Comments are closed.